海に還ってきた
緩やかに寄せる波
光に揺れる水面の碧
ほんのりと温まる海に
砂を踏みしめる
やっとここまで来た。
ここに至るまではいくつものミラクルがあった。
1つ目のミラクル:サーフライダーファウンデーションジャパン、そして武知実波さんとの出会い
メールを確認すると2020年の1月だからもう4年近く前になる。今高校1年生の娘がまだ小学4年生だった頃のことだ。担任の先生から子どもたちが関われるボランティア活動がないかとの相談を受けたのである。当時娘の学校では学校を挙げてプラスチックゴミ問題を扱うプロジェクトをしていた。そこで友人に相談したところ、ゼロ・ウェイストの活動をするサーフライダーファウンデーションジャパンを紹介されたのである。
早速、代表の中川さんにお会いし「春になったら一緒にやりましょう」という話になった。しかし、数ヶ月もしないうちに新型コロナウイルスの感染が拡大する。次の年になっても、その次の年になっても出口がなかなか見えない。話が伸び伸びになる中、昨年の7月に中川さんから連絡をいただいた。宮崎県日向市で子どもたち向けにサーフィンのサマースクールを担当する女性サーファーを紹介したい、とのことだった。そのとき初めてお会いしたのが、徳島県阿南出身のプロサーファー武知実波さんである。
何を話したのかは、はっきり覚えていない。ただ、私はその前の年からFOX Projectという重い障がいを持つ子どもたちのためのプロジェクトをスタートしていた。その中で、身体の不自由な子たちが海水の中では浮力に助けられて非常に楽で、大好きだということを聞いていた。また、障がいのある子を持つ親たちからは、特別支援学校と自宅の行き来だけではなく、子どもたちにもたくさん旅をさせ、命のある限り体験を分かち合いたいと言われていた。そんなこともあって、海で障がいのある子もない子も一緒に過ごすキャンプを実現したい、という夢話をしたように思う。実波さんからも、大学時代にサーフィン部を立ち上げたこと、地域の公立小学校の子どもたちにサーフィンを教えたり、生涯スポーツとしてのサーフィンと教育を組み合わせた活動をライフワークとしたと考えていることを教えてもらった。途中からは場所を移動して、ランチを食べながら話した。雑談は女性アスリートの大変さや、子育てと仕事をしながらの人生設計の話にまで及んだ。「この人と何かするのは楽しそうだな」と思った。
そして、今年の2月頃から具体的な話をスタート。海岸の人出が落ち着き、台風を避け、気温も穏やかで、海水の温度も十分高いだろう10月下旬の日程を先に決めた。しかし、障がいのある子たちを何人くらい受け入れられるのか、医療的ケアが必要な重い障がいのある子たちが海に入るにあたって、どんなリスクがありどのように準備をすればいいのか。具体的なイメージは皆目見当つかない。不安な気持ちのまま、秋だけがどんどん近づいてきた。
2023年9月3日 第1回全日本パラサーフィン選手権大会@白子海岸 ー左よりFOXプロジェクトメンバー慶徳大介、Nami-nications 田中克明さん、武知実波さん、藤原、Nami-nications 柴田康弘さん、嘉山仁さん
2つ目のミラクル:須磨UBPの古川さん、Nami-nications柴田さんとの出会い
そんな中、実波さんに誘ってもらい、9月3日に開催された第1回全日本パラサーフィン選手権大会を見学することになった。2028年ロサンゼルスパラリンピックでパラサーフィンが追加競技として検討されることもあって、初の全日本の試合である。試合時間の変更が前日まであったが、なんとか間に合い競技を見学中、2つ目のミラクルが起きる。
海岸に専用のビーチマットを敷き、波打ち際まで自分の力で車いすを動かして行くことができるようにする活動をしている須磨ユニバーサルビーチプロジェクト(須磨UBP)の古川尚子さんがそこにいたのである。古川さんは大阪で中学校の体育の教師として特別支援学級なども担当していたが、須磨UBPに出会って独立、全国のビーチをユニバーサルにするべく飛び回っていた。
10月29日朝、辻堂海岸でビーチマットを敷く古川さん
さらにこの大会には、Nami-nicationsさんも参加していた。Nami-nicationsは、2015年湘南鎌倉で、医療福祉に従事している人たちで作ったサーフィンサークル。毎月定期的に海に集まり、日々サーフィンを楽しんでいた。そうしていたところ、ある認知症当事者に出会う。その人がサーフィンによって心も身体も取り戻していく。そのうち障がいのある人たちが次から次へと参加を希望するようになる。
医療的ケアの必要な子もいるFOXプロジェクトで、医療者のサポートは必要不可欠である。もう藁にもすがるつもりで、実波さんを通じて10月のキャンプの話をしたら、なんと須磨UBPの古川さんも、Nami-nicationsの柴田さんも参加可能だという。さらに藤沢市の在宅医療のクリニックの院長、渡部寛史先生も紹介してくださり、当日来ていただくことに。しかも、渡部先生は福井時代にFOXメンバーの坪内家に6回も診療で入っていたことまで発覚した。
早速、医療的ケアが必要な坪内まさき君、米田ももちゃんのお母さんと古川さん、柴田さん、渡部先生と一緒にオンラインでミーティング。体幹がしっかりしないまさき君とももちゃんを波打ち際まで運ぶ方法は?どのようにサーフボードに乗せるのか、当日身体が冷えてしまった場合はどのように温めるのか(クーラーボックスに温かいお湯を入れておき、ザブンと浸からせるという!)、万が一発作が起きた時にどのように地域の基幹病院に繋ぐのか、日常使用している薬や痰の吸引、胃ろうのことなど。ウエットスーツのチャックの場所、下に着るもの、水が袖口から入った時の対応、脱ぎ着のできるテントの位置、シャワーの有無などにも確認が及ぶ。その話を横で聞きながら、安心感で身体中の筋肉が弛緩していくようだった。
3つ目のミラクル:遊びリパークリノアさんとの出会い
こうして何とかキャンプのイメージがつきつつある中、10月4日に古川さん、柴田さんとFOXプロジェクトメンバーで辻堂の海岸の下見を行う。古川さんは車を停められる場所から波打ち際までの距離を、満潮・干潮による変化も含めて測っていく。10月29日は満月、大潮である。ビーチの傾斜、砂の硬さなども大事な情報だそうだ。その結果、当初検討していた場所を変更することとなった。
そして、この日の夕方には遊びリパークリノアさんにお伺いすることになっていた。辻堂でキャンプをするという旨の投稿を見た知人が「辻堂だったらすぐ近くに高い評判を得ている放課後等デイサービスを経営している横川敬久さんという人がいる」という。早速横川さんに繋いでもらってプロジェクトの概要を話したら、当日は自分は来れないかもしれないが、作業療法士でデイの責任者もしている鈴木拓真さんに話して欲しいという。また、キャンプ当日はサーフィンのトライに向いていそうだと思われる子たちを紹介してくれることになった。まさに渡りに船である。鈴木さんにキャンプの説明をする中で、リノアの場所やスタッフさんの温かい雰囲気を感じ取ることができ、初対面にもかかわらず、話が弾んだ。
10月29日@辻堂_遊びリパークリノアの鈴木拓真さんとイリヤ君
実は、そのとき、キャンプ当日に天気が良いとは限らないので、みんなでゆっくり過ごせ、障がいのある子も楽しめる遊具があって安全な場所が欲しかった。しかし、なかなか見つからない。安全な遊具がたくさんある広々としたスペースを見て、万が一悪天候の場合に使わせていただくことはできないか・・とおずおずと聞いてみた。そしたらなんと・・「29日ですか?空いてますよ。いいですよ」とのこと!!!!これは、文章からは伝わらないかもしれないが、特大級のミラクルである。辻堂で40人以上の人が一挙に入り、子どももゆったり遊べるスペース、且つ海岸から歩けるような場所は普通に考えて見つかるはずもなかった。これにはもう訪れたメンバーみんながガッツポーズである。
10月29日、遊びパークリノアさんで実施した振り返りの時間
4つ目のミラクル:医療的ケアの必要な重心の子も知的障がいの子もみんなサーフィン成功!
信じられないようなミラクル続きで準備が進む中、心配なことが起きた。FOXメンバーで今回福井から来る予定だった坪内博美さんの次男まさき君のお兄ちゃん、ゆうすけ君が9月末に救急搬送され、入院してしまったのだ。実はまさき君とゆうすけ君は双子の兄弟。いままでまさき君だけが医療的ケアが必要だったが、ゆうすけ君まで医療的ケアが必要になる。博美さんは病院に泊まり込んで看病する中、この先どのようにして二人の子を育てていっていいのかと途方にくれつつも、「絶対行く!」と言い聞かせるように連絡をくれる。そして10月中旬、無事にゆうすけ君が退院!ご両親のサポートも得られるようになり、もうギリギリのスケジュールだったが、まさき君は体調も安定したまま前日に新幹線から福祉タクシーに乗り換え辻堂入りする。
それでもお母さんの博美さんはまさき君が海に入れるとは思っていなかった。まさき君は身体が小さく体重は16kgほど。側弯も強い。そもそもウエットスーツをどのようにしたら着れるのかが分からなかった。しかし、ウエットスーツの装着ができ、ヒッポ(水陸両用アウトドア車椅子)で水に入ることにトライ。まさき君はにっこり。そして、ついには実波さんと一緒にサーフボードに乗り、後ろから支えてもらって波に乗ってすーっと走ってしまったのである。
そして、大阪から来た18トリソミーの米田ももちゃんも、体温が下がることを気にしていたが無事お母さんとサーフィンをすることができた。
さらに絶対に海に入らないだろうと想像されていた、重い知的障がいのあるTaiki君。はじめは遠巻きに見ていたが、大好きなおじいちゃんと一緒にどんどん海に入っていった。そして最後はサーフィンをしただけではなく、バギーに乗っている仲間の介助をしようと近づいていく。もう、誰もが想像しなかったような姿をまさき君も、ももちゃんも、Taiki君も見せてくれる。驚きの連続だった。
最後に、パラサーファーが夢!ダウン症を持つサーフィン大好きSho君19歳。この日は、華麗なデモンストレーションを披露してくれた。
5つめのミラクル:ー自然の恩恵
サーフィンは自然と対峙するスポーツでもある。いい波があればその波を追ってサーファーは移動する。私は学生時代はスキーをしていたが、雪のコンディションによってスキーのエッジの立て方も、身体の傾斜の角度も、スキー板に塗るワックスの種類も全て変わってくる。サーフィンも同じだろう。同じ雪が二度ないように、二度と同じ波はこない。自然とのコンタクトを純粋に楽しむスポーツである。しかし、医療的ケアのある子たちにとっては体温が下がってしまうのは致命傷である。
初めてサーフィンするなら「寒かった・・」ではなく、「楽しかった!」と思ってもらいたい。1週間くらい前から天気予報が気になって仕方がない。1日に何度も見たところでどうなるものではないと思ったがスマホをついつい覗いてしまう。前日の段階では予報は晴れ。気温は20度いかないくらいで、北から風が少し吹く可能性があるとのことだった。全てが整うなどということはないのだから、晴れるだけで十分だと考えていた。しかし、当日朝、目覚めて絶望した。冷たい雨が降っている。レーダーをみると、他のところは晴れているのに、海岸のあたりだけ雲がかかっている。外に出るとウインドブレーカーを着ても寒い。駐車場についてもなおパラパラと冷たい雨が降っている。どんどん予報が悪くなる。かなり暗い気持ちのまま、9:30からビーチマットの設営に入った。
少し早めに来てビーチマットを敷いたり、設営をしてくれたメンバー。まだ曇っている。当日の進行のサポートはちきゅうのがっこうの渡部由佳さん・中段左端
しかし、なんと開始時間の11時あたりからパァっと晴れてきたのだ。風もない。太陽が燦々と降り注ぐと、少し暑いくらいである。そして、波もない。波がないことはサーファーにとっては残念なことかもしれないが、初心者の子どもたちにとってはベストである。実波さんも、古川さんも、柴田さんも、中川さんもサーフィンのプロたちが口を揃えて「こんなベストなコンディションはない」「完璧」「奇跡だ」というような天気になったのである。
海水温は気温の2ヶ月遅れでやってくるという。まだまだ温かい海に腰までつかってみんなのサーフィンを見ながら、キラキラと反射する海面を眺めていた。ふいにぐっと海を感じたくなって、首まで入って浮かんでみた。そうしたら、ある光景が蘇ってきた。わたしは四国の瀬戸内海に面した町で育ち、泳ぎは20年前に亡くなった父から海で習った。5メートルほど先にまだ若い姿をした父が手を伸ばして待っている。私はその手に向かって一生懸命に泳ぐ。
あの軽くなる感じ。温かい水に包まれる感じ。ぽっかりと何も考えない感じ。何とも懐かしい。
「障がいのある子もない子も一緒に学べるように!」などと考えていたが、もはやわたしは純粋に海を楽しんでいた。障がいのある子も包摂しましょう、一緒に学びましょうなんていうことは目の前に大きく広がる海の前では吹っ飛んでしまっていた。わたしが誰かを包摂しているのではない。誰でもない、わたしこそが海に包摂されて、穏やかに浮かんでいるのである。海がどんな人をも包み込んでしまうのだ。海を前にして、ちっぽけなわたしたち人間の力なんてとうてい及ぶところではない。
ああ、私は海に還ってきた。還ってきたのだ。
左から柴田さん、矢澤さん、SFJ中川さん、藤原。中川さんには、サーフボードやテント、またウエットスーツまで無償で貸していただきました。熱中症になってはいけないとお水まで!行政のアドバイスなどなにから何まで本当にありがとうございました!
本プログラムの趣旨・内容についてはこちらからご覧ください
https://kotaenonai.org/news/new/12763/
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000117361.html
<主催>
一般社団法人こたえのない学校/FOXプロジェクト
https://kotaenonai.org/
https://www.foxpj.org/
<共催>
一般社団法人サーフライダーファウンデーションジャパン(SFJ)
<協力>
ちきゅうのがっこう
https://www.tq-school.com/
NPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト
https://sumauniversalbeach.com/index.html
一般社団法人サーファーズケアコミュニティNami-nications
https://nami-nications.com/
NPO法人laule’a(ラウレア)
遊びリパークリノア(辻堂)
https://onl.la/XexnLTy
<協賛・協力>
MABO ROYAL HAWAII
https://maboroyal.net