2012年10月、ボクは妻と1歳になったばかりの娘の手を引き、バリ島へと移り住んだ。娘はもちろんのこと、妻もこの島の地を踏むのは初めてだった。
ボクはこれから暮らすこの島を少しでも気に入ってもらいたい一心でバリの魅力を伝えようと躍起になっていた。
移住当日の朝、空港に迎えに来てくれた友人の車に乗りこんだ。リゾートホテルでの朝食を取る計画を立てていた。始めが肝心だ。不安を抱いているにちがいない妻のテンションを上げるべく作戦を練り上げていたのだ。
「ほら、バリっていいところでしょ」
「ホント〜。なんだか嬉しくなってきちゃった〜」
なんていう穏やかな会話を思い描いて。空港のゲートをくぐり、車は街へと入っていった。車と車のほんの隙間にはバイクが滑り込んでくる。鳴り止むことのないクラクション。強張る妻の表情。街の雑踏は日本の光景とは明らかに異なるものであった。
「東南アジアってのはだいたいこんな感じだからね。でも海は綺麗だよ」
とフォローを入れるボク。黙り込んで車窓を眺める妻の背中にははっきりと落胆が感じ取れた。車はホテルを目指してバイパスへと合流した。橋に差し掛かり、車窓には川が映った。
日本の川とは明らかに違う光景。
水面を覆い尽くす色とりどりのゴミ。
そこに釣り糸を垂らす子どもの姿。
妻には見てほしくないと思っていた光景だった。ボクはすかさず話しかけ彼女の視線を動かそうとした。しかし彼女の視線はその汚れきった川に釘付けとなってしまっていた。
そして黙りこんでいた妻はポツリとつぶやいた。
「こんなゴミだらけのところで暮らすのは無理かも・・・」
こんな風に前途多難な重たい空気に包まれながら我々のバリ島生活が始まったわけなのであった。
現在、バリ島は世界中のリゾーターたちが集まるリゾートアイランドとして急速な発展を遂げている。土地の値段は高騰し、数多の土地成金を生み出した。
つい最近まで籐を編みカゴを作って暮らしていた人々が当たり前のようにプラスティック袋を使うようになった。葉っぱや木から作られた食器類はプラスティックや金物へと様変わりした。
無意識に人々は以前と変わらずに使い終わったゴミをを浜辺に捨て、川へ流した。自然界に分解される籐や木材や葉とは異なり、プラスティックはいつまでもそこに残ってしまった。
いまだにゴミの焼却システムやリサイクルシステム、下水処理などが全く整備されていないこの島の抱える問題は深刻である。
そして人々の問題意識の低さがより一層この問題の深刻さに拍車をかけてしまっている。
このままでは美しいバリ島の風景が失われていってしまうだろう。
世界有数のサーフアイランドがゴミに埋もれていく姿は見たくない。
少しでもこの状況が良い方向へと転じることを願いつつ、今後もバリ島の現状と変化をレポートしていこうと思う。