東日本大震災から今年の3月11日で12年。震災の年から毎年福島を訪れて、復興が進む様子を見ながら、福島の新たな息吹を感じている。
去年も日本サーフィン連盟の主催大会で福島に滞在させてもらい、街の発展を見て来たところだった。
サーフライダーファンデーションジャパン代表理事の中川淳氏から連絡が入り、福島第一原子力発電所(以下、第一原発)への視察の話が飛び込んで来た。
第一原発の視察に一般の人も入れるようになったとは聞いていて、その機会があればとは思っていたが、その時がとうとうやってきた。
しかも、テレビ等でもよくお顔を拝見したことのある衆議院議員・細野豪志氏と一緒にとのこと。細野議員は国会議員として数々の重職を担い、震災時は内閣総理大臣補佐官、その後は内閣府特命担当大臣、環境大臣等を歴任し、第一原発の事故の収束に携わられ、現在も福島の復興を見つめ、毎年足を運んでこの問題に取り組まれている。日本サーフィン連盟理事長の酒井厚志氏とも地元静岡で交流され、今回第一原発の視察に関してサーフライダーファンデーションジャパンの中川氏にお話があり、そこから私もお声掛け頂いた次第だ。
細野議員の視察団に何故サーファーがお誘い頂いたのか?
それは、原発の廃炉に向けて、海が関係するからだ。
「処理水を海に流すことを決定」というニュースを耳にした人もいるだろう。
そしてこの言葉に、えー、大丈夫なの?と思った人も多いと思う。
いわばその心配を払拭するために、もしくはこの目で見て疑問を突っ込ませて頂くために代表して入らせてもらうことになった。
東京電力廃炉資料館のホームシアターで事故を振り返る
2022年10月31日に福島県双葉郡富岡町にある東京電力廃炉資料館に集合ということで前日に福島入りをした。宿泊先を探す中で、長期滞在型の宿泊施設も多いことに気がついた。復興作業に携わる人が多いからだろうか。筆者は第一原発から車で40分程南に位置する広野町に新規オープンしたホテルに泊まったが、復興作業へ各地から多くの人が福島に来ているということを実感した。広野町は駅や町の各施設も新しく建てられ、町での新たな生活が垣間見られた。
視察当日は広野町から国道6号を北上し、廃炉資料館へ。廃炉資料館は第一原発の事故についてや廃炉の現状を知ることができる施設で、事前予約を優先するが、誰でも入館が無料で可能だ。
そこで湘南から来られた中川氏(中川氏は前日に福島でサーフィンをされた)と合流して細野議員の視察団に加わらせて頂いた。廃炉資料館にはこれから別の視察団として入られる大学生の団体とも居合わせた。これからの時代を担う青年たちが、現場を視察し、未来を考えていく機会になるといいなと思った。
資料館では東京電力の担当者の方にシアターホールで映像を通して震災当時の第一原発の様子や事故対応についてお話し頂いた。建屋が巨大な津波に襲われた映像は当時も見たかもしれないが、今一度衝撃的で、震災被害の凄さが蘇える。
東京電力廃炉資料館から大型バスで第一原発へ向かう
震災当時の状況を目に焼き付けた後、視察団は大型バスに乗り込み、そこからいよいよ、20分程北上する場所にある第一原発へと向かった。 福島の海側を南北に走る国道6号はサーファーに馴染みの道。震災により一時不通になっ たが徐々に規制が解除され、今はまた走れるようになった。とはいえ、国道6号を走ればわかるが、一部の帰宅困難区域等ではバリケードで囲まれて入れなくなっているのが見えたりする。その光景は原発事故の痛ましさを伝えるが、それも除染作業とともに少なくなって きてはいる。大熊町、双葉町にまたがる第一原発周辺はまだその光景の中にあり、警備員の方も立っておられる。窓越しに見える復興作業に携わる方々に敬意を抱きながら、第一原発 構内の入り口へ。
初めて目にする第一原発。震災前に福島にサーフィンに来ていた時は他の火力発電所と共にその存在だけは知っていた。福島の海に入れば海のそばに立地する電力施設は当然目に入る。けれどもその施設が私たちの多くの生活の中の電力を供給していたことを知ったのは、震災後だ。原子力発電について知ろうとしたのも。もしあの事故がなければ、ここにこうやって入ることもなかったかもしれない。恥ずかしながら筆者は大学で物理学を専攻し放射線実験もしたが、発電よりもサーフィンに興味がいった。しかしながら今回第一原発の事故を通して、原子力発電について再度勉強をして魚のごとく海と生きるサーファーたちにも心配を与えかねない”処理水の海洋放出”について知る機会を得、その現場に足を踏み入れることとなった。
新事務本館にて視察を前に説明を受ける
担当者の方に窓から見える震災当時の様子を残す建物などの説明を受けながら、バスは構内にある新事務本館に到着。降車し、入構証をかざして中に入り、会議室で廃炉を推進する責任者から挨拶と視察の説明が。
視察の時間は決められているので(これは放射線の被曝を管理する上で重要なこと)、その後すぐに荷物を置き、事前に申請したICレコーダーを持って出発となった。視察にあたっては携帯等も全て置いていかなくてはならず、写真は経済産業省の木野正登参事官が撮影してくれることになっていた。
ホールボデイカウンターという装置で体内の放射線量を測定する
視察にあたってまず、入退域管理棟という場所へ。ホールボデイカウンターというもので視察前の自身の体内の放射線量を測定。そしてまた視察後に同様に測定を行い、体内に放射性物質が取り込まれていないかをチェックするとのこと。服装に関しては、今は構内がほぼGzoneと呼ばれる一般作業服エリアになっており、軽装備で立ち入ることができるが、今回の視察では通常の視察よりも少し線量が高いエリアにも足を踏み入れるとのことで、Gzone装備であるベスト(このポケットに貸与された個人線量計、入構証を入れる)、防塵用マスク、手袋にプラスして、靴、靴下、ヘルメット、ゴーグルを身に着けた。同様な装備を身に着けた作業員の方々が慣れた様子で出入りをする。各人が線量、作業時間などが管理されているという様子が伺えた。第一原発は大熊町と双葉町にまたがり、敷地面積350万平方メートル(東京ドーム75個分)という広さで、廃炉に向けて1日3,000人以上の人が働いている場所だ。大変困難なプロジェクトがここで行われているということを感じざるを得なかった。
そして再び視察のバスに乗り込み、構内の視察がスタート。担当者の方がバスの中から見える施設について当時の状況を交えて説明。当時放水のために使用したコンクリートポンプ車は職員が訓練をして今も使っているとのこと。敷地内に多くの新旧のタンクが立ち並ぶのも目に入ってくる。
海を背に原子炉建屋が水素爆発によって崩壊した1号機の姿が目の前に
そうこうしていると、正面にあの、水素爆発により崩壊した1号機の建屋が見えてきた。そしてすぐその背後には海が見える。バスの中から”海がこんなに近いなんて”という声が聞こえてくる。バスの線量計も上がり、25μSv/h(マイクロシーベルト)を表示。1号機は事故当時の形に近い。事故後カバーを掛けたが、瓦礫撤去のために 2015 年頃からカバーを外した。 今も大きな瓦礫が残っている状況で、これから撤去のために大きなカバーを建てて瓦礫や プールで冷やしている使用済み燃料を取り出す段取りとなっている。そして担当者から「これから1号機から4号機を直接見ます。バスを降りた地点は 80~100μSv/h あるので、あ まり長く居ると被ばくしてしまうので手短に説明をします」と話があり、バスが停車した。
バスを降りて、1号機から直線距離100メートルぐらいの場所に立つ。おおよそ100μSv/hのガンマ線が1号機の瓦礫から来ているとのこと。今は斜面にモルタルを吹き付けてダストが舞わないように敷地舗装している(フェーシングという)ので、簡易な装備で歩けるようになった。直接来る放射線は防護服を着ても防げないので、居る時間を短くすること、距離を置いて退避すること、現場を遮蔽して線量を下げて作業するのが3原則という。なので、2023年末以降に設置完了予定の1号機のカバーは他の場所でブロックを組み立てて設置し、現場の作業を少なくしている。建屋の壁の所を歩く作業員が見受けられた。線量が高いので、作業員は作業計画を立て、被ばく量をチェックし、計画通りだったかを確認することで時間、線量等を日々管理しているそうだ。1号機はカバーをした後、瓦礫撤去を行い、2026年から2027年に燃料取り出しが考えられている。燃料取り出し完了の時にはかなり片付いた状態になっているようだ 。
2号機は水素爆発をしなかったが、放射性物質が濃度高く残っているとのこと。その様子を調べるために、構台を設置し、その横から原子炉に入る穴を開け、遠隔操作の重機やロボットによって中の様子を確認した。その結果、遮蔽して除染をすることで短時間なら人が入れる環境になりそうだとのことで工事が進められている。
3号機、4号機は使用済み燃料の取り出しが完了している。3号機は線量が高く、カバー設置には作業員が入ったが、燃料取り出しの時は全員退避して遠隔操作で行い、2021年の2月に取り出しが完了。ドーム型のカバーは建屋に荷重をかけない構造になっている。4号機は水素爆発により建屋が壊れたため、同様に建屋に荷重をかけないようにカバーが設置されて燃料が取り出された。4号機は燃料デブリ(溶けた燃料等が冷えて固まったもの)がないため、比較的線量が低く、作業員がクレーンに乗って通常の定期検査と同じようにして燃料と取り出しができたそうだ。これらの取り出した燃料は共用プールと呼ばれる場所で常時水で冷やして保管されているが、共用プールもいっぱいだとのこと。これから1号機、2号機、5号機、6号機の燃料取り出しが残っているので、共用プールから今保管されている燃料を取り出してドライな状態にし、乾式キャスクという大きな容器に入れて保管する準備を始めているとの話だった。
ドーム型のカバーが設置された3号機が見える
まずは目の前に見える1号機から4号機の作業状況について話を聞いたが、ここからが本題の汚染水についての説明だ。
そもそも汚染水はどのように発生、増加するのか。燃料デブリを冷やすための水が燃料デブリに触れることで、放射性物質を含んだ汚染水になる。これに山側から海側に流れている地下水や降雨による雨水などが原子炉建屋の破損した部分から流れ込み、混じり合うことで汚染水は増加する。この汚染水を減らすため、建屋の周りに土壌を凍らす遮水壁(アイスキャンディーの棒のようなものがつながっている)や、建屋に流入する前に地下水を汲み上げるサブドレインと呼ばれる井戸を設置。このサブドレインで組み上げられた水は地下水由来で放射性物質の濃度は濃くないため、浄化装置を通した上で、トリチウムの放出基準としている1,500ベクレル/リットル(この基準については後程説明している)を満足していれば希釈は行わずに流しているとのこと。これらの対策により、2015年には約490立方メートル/日だった汚染水発生量が2021年には130立方メートル/日まで下がったという。そして日々発生する汚染水は、「セシウム吸着装置」で汚染水の大部分を占めるセシウムとストロンチウムを取り除き、「淡水化装置」で塩分を除去、一部を原子炉内に殘る燃料デブリを冷却するのに使用し、その他は「多核種除去設備(ALPS)」という装置でトリチウム以外の大部分の放射性物質を取り除き、安全基準を満たすまで浄化処理されて、構内のタンクで漏洩等の異常がないのを確認しながら保管されている。ALPSで除去されるトリチウム以外の大部分の放射性物質とは、原子力規制委員会で認可された62種類の放射性物質。これらの放射性物質を放出する場合、国の法令で種類ごとに濃度の上限(告示濃度限度という)が定められている。ALPSではこの62種類の放射性物質を告示濃度限度未満まで除去できるとのこと。なお、62 種類以外の放射性物質の濃度は国の規制基準より 100 分の1以上低い と評価されている。また、タンクに保管される場合の国の安全管理基準としては敷地境界に 追加的に放出される放射線量は年間 1mSv/h (ミリシーベルト)となっており、それを超えな いように確認した上で保管され、タンクに保管された ALPS 処理水等は 100 名を超える分 析員によって 365 日分析が行われているとのこと。 説明を受けていると、誰かの線量計のアラームが鳴る。線量が 0.02mSv/h を超えると鳴る ようになっているのだ。鳴っても特に問題はないがそのアラームに促されるように、視察団 は再度バスに乗り込み、次の視察の場所、汚染水処理において重要な”ALPS”へと向かった。
シャッター内部にある多核種除去設備(ALPS)の前にて説明を受ける
バスを降りて目の前にあるALPS2号機のシャッターを開けてもらう。左側にALPS、右側に分析評価用のタンクが見える。ALPSでは汚染水を吸着塔と呼ばれる設備の中で薬液や吸着材に通すことで、トリチウム以外の62種類の放射性物質を吸着させて浄化、それを処理水としてタンクで保管する。ALPS処理後は、汚染水のセシウム137やストロンチウム90などの値が機械で測れないほどの量であるND(検出限界未満)になる。なお、吸着塔で放射性物質を吸着したものは金属製の容器に入れられて廃棄物保管場所へと移される。
さまざまな対策により汚染水の量は減ってきているが、62種類の放射性物質をALPSで告示濃度限度未満まで除去した後にタンクで保管され続け、またそのタンクを増やし続けるこの処理水(以後、ALPS処理水と記述する)をこれから海に放出するという準備が進められているのだ。
ここで、トリチウムが除去されないALPS処理水を放出しても大丈夫なのか?と当然思うことだろう。
まずトリチウムはどんな物質なのだろうか。資料に書いてあることをまとめると、トリチウムは水素の仲間で三重水素とも言われ、多くは酸素と結びつき、水素と同様に「水」のかたちで存在する。そのためトリチウムを除去するのは困難であり、ALPSでは取り除くことができない。トリチウムは水素より中性子の数が2つ多く、不安定な物質のためヘリウムという物質に変わる。この時に放出されるのが放射線の一種のベータ線。トリチウムのベータ線は空気中を5mmほどしか進むことができない弱いエネルギーの放射線で、皮膚を通ることはできないので外部からの被ばく(被ばくとは放射線を受けること)はほとんどなく、口や鼻などから体内に入った被ばく(内部被ばく)の影響をみる必要があるという。体内に入ったトリチウムの多くは「水」のかたちで存在し、水と同様に体外へ排出され、蓄積・濃縮はされないことが確認されており、10日程度で放射能の半分が体外に排出され、有機物に結合して取り込まれたトリチウムも多くは40日、一部は1年程度で排出される。トリチウムの人体への影響は食品中の放射性物質の基準となっている放射性セシウム137と比較すると約700分の1とのこと。水道水にも1リットルあたり0.1から1ベクレルのトリチウムが含まれているという。
ALPS処理水の海洋放出では、このトリチウムが残る処理水を国の基準である60,000ベクレル/リットルよりも希釈して1,500ベクレル/リットルという濃度で海洋に流すという計画になっている。ALPS処理水にはトリチウム以外にALPSで除去対象としていない炭素14という放射性物質(これは体内にも存在している)も含まれているが、国の規制基準値よりも非常に低い水準になっている。また、放出にあたっては炭素14を含む他の0ではないが国の規制基準値に照らして十分低い濃度で存在するトリチウム以外の放射性物質が国の規制基準値を確実に下回る(告示濃度比総和が1未満)ことを確認した上で行うとのこと。
ここでまた疑問が出てきた。ALPS処理水の放射性物質の濃度は国の基準値以下ではあるが、その量はどうなっているのか?
海洋放出をした場合の拡散シミュレーションを行なった結果、環境中のトリチウム濃度とされる1リットルあたり1ベクレルを超えるエリアは発電所近傍に限られ、それはWHO(世界保健機関)の飲料水基準1リットルあたり10,000ベクレルに照らしても十分小さい値で、年間22兆ベクレルの放出量を超えなければこの1リットルあたり1ベクレルのトリチウム濃度を超えるのは南北1.5km、沖合0.7kmというデータが得られた。そのため年間22兆ベクレルという放出量を計画しているようだ。その放出量を超えないように計算されたのが1,500ベクレル/リットルという濃度といえるだろう。
また後に資料で確認したが、トリチウムは原子力発電所や再処理施設の運転で生成される物質のため、世界中の原子力施設からそれぞれが決めた年間放出量で放出されているものだ。
放水トンネルの掘削現場の様子
ALPSで説明を受けた後は、またバスに乗車し、当時のまま残されている倒れた鉄塔(これにより双葉町側の外部電源が喪失したという)などを見ながら、このALPS処理水海洋放出に向けて工事が行われている場所、5号機、6号機の方へと向かった。海洋放出は5号機、6号機の前面の海で行われる。簡単に言えば、約1kmの放水トンネルを掘ってそこからALPS処理水を放出する。視察の時点ではシールドマシーンで全体の約4割程度の掘削が終わっていた。海洋放出設備の概要としては、ALPS処理水は測定・確認用設備を通り、移送設備に送られ、希釈設備を通ってトリチウム濃度を確認した上で放水トンネルから海に放水される。トリチウム濃度は先に述べた1,500ベクレル/リットルであり、年間22兆ベクレルという放出量計画から担当者の話では大体1日当たり150立方メートル(150,000リットル)~500立方メートル(500,000リットル)の放出が予想されているようだ。ALPS処理水の海洋放出にあたっては海域のモニタリングを強化し、第三者により測定・評価を実施し、結果を随時公開するとのこと。国際原子力機関(IAEA)によっても安全性の確認を受けることになっており、昨年もIAEAの関係者がたびたび現地調査に訪れ、ALPS処理水の海洋放出にあたってその安全性が評価されているとのことだ。
概要を説明して頂き、海に通じる工事の現場を目の当たりにしながら、海の環境を守るためにどうかミスのない工事をと切に願った。
ヒラメの飼育施設を視察
そうして視察団が最後に向かったのが、処理水でヒラメとアワビを飼育しているという場所。養殖場、いけすにも似ている水槽があり、ヒラメやアワビが入っている。
ALPS処理水のトリチウム濃度である1,500ベクレル/リットルは生物に影響がないとされる科学的に証明されたデータであり、体で濃縮もしないことがわかっているが、わかりやすい形で示すことができないかと漁業関係者と話をする中で、実際にヒラメやアワビを飼育してみようということになったそうだ。
飼育施設内には一般海水の水槽とトリチウム濃度1,500ベクレル/リットルのALPS処理水の入った海水の水槽がある。それらの各水槽で育ち方の違いや餌の食いつきに差がないかを目で見ながら、体内の放射能の濃度を測って比較する。またALPS処理水の入った海水で飼育したヒラメやアワビをサンプリングして、体内のトリチウムが抜けてくことをモニタリングする。これによってALPS処理水を海水に入れても海洋生物が成長していき、体内にトリチウムを取り入れても排出されることを示していきたいとのことだ。
ヒラメに餌を与える細野議員
視察時ヒラメは400匹、アワビは200匹。福島県の栽培飼育センターから譲り受け、水槽設計等のアドバイスをもらいながら、2022年の3月から飼育練習、9月から放射線管理区域で飼い始め、10月からALPS処理水の水槽に入れたという。飼育の始めは水質管理が難しく、広範囲に寄生虫の発生があり苦労したそうだ。放射線管理区域のため、水の交換はALPSを通さなくてはならず、水をなるべく交換せずにフィルターを通して浄化し、水を循環させて棲める環境を目標にしている。飼育の模様はTwitterで担当者が日誌を書いており、9月の終わりからは水中カメラを使ってYou Tubeで24時間のライブ中継も行っている。
ALPS処理水で飼育されているヒラメ
ALPS処理水で飼育されているアワビ
そのような担当者の説明が終わるや、細野議員から一言、「いつ食べられるのですか?」と。担当者から「法律上、これは食べられないんですよー。いずれ食べられる仕組みを考えていきたいと思っていますが」との答え。すかさず細野議員から「食べるのが一番説得力あるよね」との助言があり、その場に居た人たちも賛同していた。ヒラメやアワビがこの任務を果たす時が来るだろうか。なお、ALPS処理水の海洋放出後には実際に放出した水での飼育も考えられているようだ。
こうして内容の濃い今回の視察が終わった。入退管理棟で装備を外し、視察後の体内放射線量を測定、無事内部被ばくすることなく新事務本館に戻った。
頂いた資料を見ながら、質疑応答の時間が設けられた。その中で中川氏が質問を投げた。
「今日現場を見て、今までニュースなどで上空からとか遠くからしか原子炉建屋を見たことがなかったのですが、広大な敷地の中ですぐに水平線が見える場所にそれがあって。我々はサーファーの環境団体なので、海との距離をすごく感じるものでして。初歩的な質問かもしれませんが、原子力発電所ってあんなに海の側じゃないと作れないのでしょうか?もうちょっと高い位置に作れなかったのでしょうかね」
率直な疑問だ。それに対し、東京電力の担当者の方が次のように説明した。
「第一原発の事故の原因となったのは原子力の熱を除去できなかったことにあるのですが、原子力発電では当然大量の熱が出るのですが、発生する熱で有効に利用できるのが3分の1、残りの3分の2は冷やさなくてはいけないのです。冷やすために必要なのが日本の場合は海ということで。海外では大きな川があり、川を使ったりしてもいるのですが」
そこで中川氏はさらに突っ込んで質問を。
「海に慣れ親しんでいる者から見るともうちょっと高い位置に作っておけばこんなことにはならなかったんじゃないかと。もちろん嵩上げするにはコストがかかる訳ですが」
それに対して東京電力の担当者からは日本は地震が多く、原子炉は安定した地盤の上に直接置かなくてはならないという規制があり、そのため安定した地盤に置くためにあの場所は掘り込んでいること、空冷式の非常用ディーゼル電源は作動したと思われるが受け取る側の電源装置が地下にあり水没してしまったことが原因であるということ、そしてハリケーンに対する想定が大きいアメリカの設計を採用したことによって地下にそのような電源装置が置かれていたということを説明した。
細野議員は中川氏の質問に対して、「今日視察に来て頂いたのは、サーファーの方は直接海に入っているじゃないですか。普通そんなに海水に接することは滅多にないですが、サーファーの方はフルシーズンで接点がある。私の地元(静岡県)の方が全国のサーフィン団体の理事長をやっておられるんですが、福島はサーフィンが盛んで工夫して全国大会もやっているんです。一部反対もあったけれども(ALPS)処理水の海洋放出に対して団体としてはできるだけ受け止めていこうという流れを作って頂いているんです」とALPS処理水の扱いについてはサーファーも直接大きく関わることだということを東京電力側に強く訴えた。また、ALPS処理水で飼育されたヒラメを目の前にしても話していたが、「飼育したヒラメを食べる機会があるといいですね。パフォーマンスではなくて、(ALPS)処理水と水質的に同じ場所に住んでいる魚を食べることは擬似的に説得力があリますよ。私も喜んで食べますよ」と念を押していた。原子力規制法でまだそれはできないとのことであるが、そこまでやって説得力があるという細野議員の意見に皆が頷いていた。
大地震による大津波。誰もが想像していなかった事態が想像していない被害をもたらしたとは言える。けれども想像していなかっただけで、想像はできる。東京電力は過信していたと、最初に行った廃炉資料館のシアターホールで映像を通して語っていたのを思い出した。今後は、廃炉作業に関しても過信することなく進めて頂きたいと切に願っている。
こうして今回の視察は終了した。
細野豪志衆議院議員率いる視察団のメンバー
桜通りと呼ばれる場所は、桜の並木道で、震災後に作業、除染のために残念ながら木を伐採しなくてはならなくなったが、作業員の方たちから「桜があることで季節を感じられる」との声もあり、380本の桜の木が残されている。作業員の方も桜の木に春を感じながら、福島復興の春へ廃炉作業の歩みを進めていることだろう。
これから最難関の燃料デブリの取り出しに向かい、およそ40年後には廃炉完了というロードマップが描かれている第一原発。廃炉完了ではどのような状態になっているのかはまだわからない。
廃炉が完了した時にはこの地にさらに多くの木が植えられ、春には桜のお花見、海も元に戻り、海岸線を散歩したり、波が良ければサーファーが波待ちを。なんて絵を思い描いた。
廃炉はまだまだ先のことであるが、福島第一原子力発電所という場所で行われている作業に目を向けながら、よりよい未来を思い描き、そこへの道を選択していかなくてはいけない。
ALPS処理水の海洋放出がその選択の一つであるということを、風評被害が起きないためにも今後も関係者、専門家、第三者機関があらゆるデータで示しながら、廃炉作業を安全にしてくださることを願う。
福島でサーフショップを経営する知り合いのサーファーに電話をしてみた。
「(ALPS)処理水を流すという方針は仕方がないと思っています。今後科学的に良い方法があればそれを取り入れてほしいですが。(ALPS)処理水を流してももちろんサーフィンします。一番心配なのが風評被害ですね。サーフィンをする子供たちも増えていますし、福島のサーフィンもようやく盛り上がって来ているんです。なので煽るようなメディアの情報はやめてほしいし、正しい情報を発信してほしいと思います」と今の気持ちを吐露してくれた。福島の海は彼らの大切な故郷、フィールドであり、私たちビジターサーファーにとっても素晴らしい波を与えてくれる大切な場所だ。
メディアをはじめ、個々人が発信する情報は、目にした人に影響を与える。その地に生きる人たちのことを考えて、よくよく慎重に情報を発信すべきだと、筆者自身も襟を正している。よりよい未来にするための情報なのか?人を困惑させる情報なのか?
関係者が提示する情報が正しいことが大前提ではあるが、その情報に疑いがあるのなら情報を発信する前にとことん調べるべきであると筆者は思う。
福島第一原発は申し込めば一般の視察ができるようにもなっている。
世界では、イギリスのセラフィールド、アメリカのスリーマイル、ウクライナのチェルノブイリなど事故を起こした原子力発電所などの廃炉作業が今も行われているが、生命に関わる作業であり、大変長遠な時間を要している。
事故がなければ、さらに言えば原子力発電がなければこの作業は必要なかったといえるが、それは今更の話。
人類が作り出した困難をどう処理していくか。処理するために私たちはどうしていけばよいのか。
地球温暖化、戦争、核兵器もしかり。
これからどのような世界にするのか。
それは私たちひとりひとりにかかっている。
私たちひとりひとりの選択であり、挑戦なのだ。
第一原発の廃炉の道をしっかり見つめ、私は福島の海に入る。未来に向かう福島の新しい息吹を感じながら。
今年、ALPS処理水の海洋放出が始まるのを前に、サーフライダーファンデーションジャパンとして蚊帳の中に入らせて頂き、海を愛する一人として、このことがどういうことなのか理解を深め考える機会を得ることができた。細野豪志議員、話を繋いで下さった板垣敏弘氏(元サーファーでもある)をはじめ、関係者の皆さんに感謝致します。
なお今回の任務の重大さに力んだあげく、言い訳がましいですが、視察後に各資料、廃炉問題に関する著作物やインターネット記事等を読んだり、終いには物理学の本を読み返し始めたりしてレポート作成が遅れましたことをお詫び申し上げます。
※ 写真は経済産業省の木野正登参事官より提供
視察終了後、時間のない中で細野豪志議員に少々インタビューさせて頂きました。
ーサーファーとの出会いについて教えて下さい。
日本サーフィン連盟理事長の酒井厚志さんが地元静岡県の白浜ですので、応援もしていまして。特に福島で全国大会をして頂き、非常に有難いことだったので処理水について説明させて頂いたのがきっかけです。サーファーの皆さんは直接海に入るということで、(ALPS)処理水の当事者だと思います。反対はしないという見解を頂いたので、ぜひ現場を見てもらいたいということで今回ご案内しました。
ーサーファーへメッセージをお願いします。
まず一つ理解して頂きたいのは、廃炉に向けてこの(ALPS)処理水の海洋放出がどうしても必要なプロセスなのです。(ALPS)処理水であれだけの敷地を今占有していますので、将来的に取り出した燃料デブリを置かなくてはならないし、1号機、2号機は使用済み燃料がそのままになっていてそれが取り出しできると共用プールには入らないので、乾式キャスクへ移動させることが考えられるけれどもそれを置く場所が必要になってくる。どうしても福島の廃炉をやり切るにはあの(ALPS)処理水を置いている場所が必要になります。そのためには安全性にしっかり配慮した上で海洋放出をするしかないということを理解して頂きたい。心配する方もいろいろいらっしゃるとは思いますが、科学的に確立されていますから、”危ない”という情報があったらそれは全て風評です。そういう非科学的な風評に騙されないでサーファーの皆さんには福島の海を楽しんで頂きたいと思います。
ーサーフィンはされますか?
スキューバダイビングを昔やって、マリンスポーツは好きなんだけど、サーフィンはやったことがないんですよね。福島に来て福島の海ならやってもいいかなという気がするんですけど…
中川氏がすかさず「じゃあ来年(2023年)にでもぜひ!暖かい時期にぜひサーフィンを体験してもらって。それが一番です。論より証拠じゃないけど、ヒラメも食べるって話もそうですが。私も付き合いますし。今日ここまでしっかりしたものを見せて頂いたので、それを実証する立場になりたいなと感じていますので。ぜひ一緒にサーフィンする機会がありましたらよろしくお願いします」
と話を持ちかけると、
「はい、わかりました」との返事が。
国民の声を代弁して議論を展開する国会議員に福島の海を肌で感じてもらえそうだ。
【参考】
経済産業省「廃炉・汚染水・処理水対策ポータルサイト」
https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/hairo_osensui/index.html
東京電力 「廃炉プロジェクト」
https://www.tepco.co.jp/decommission/
東京電力 「廃炉資料館」
https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/decommissioning_ac/
東京電力 「海洋生物飼育日誌」
https://twitter.com/TEPCOfishkeeper
東京電力「福島第一海洋生物飼育試験ライブカメラ」
https://www.youtube.com/live/fbV3m2hh3YQ?feature=share